以前、「暗号資産で変わる資金調達」というエントリを公開しましたが、今回はそこで軽く触れた「Grant(グラント)」について紹介したいと思います。
グラントはブロックチェーン業界では比較的知名度の高いスキームですが、他業界では全くと言っていいほど知られていません。
前回同様、我々の事例が次の挑戦者をアシストすることに繋がれば良いなと思います。
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※本エントリは、2020年11月にFinTech Journalで掲載されたものと同じ内容です
「Software is eating the world」。世界的に著名な投資ファンドのアンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz:a16z)による言葉だ。
文字通り、ソフトウェアそしてインターネットがあらゆるものを侵食する世界において、もはや国境は消滅しつつある。今後は特定の国に閉じたサービスは成長に限界がくると予想され、嫌でもグローバル化を意識しなければならなくなるだろう。そこで重要になるのが資金調達だ。
本稿では、テクノロジー先進国で主流になりつつある新たな資金調達手法「グラント(Grant)」について解説する。なお、筆者は一般的な株式による調達に加え、この手法を使って海外からの調達を実施している。机上の空論ではなく、実体験に基づいた考察を述べていきたい。
グラントとは何か?
グラントとは、日本語に置き換えると「競争的資金」「助成金」に相当する言葉であり、海外では、テクノロジー系の研究開発の文脈で利用されている資金調達方法だが、海外では企業にとっても一般的な資金調達手法である。
グラントはOSS(オープンソース)の文化、つまり、オープンソースのプロダクトを開発・保守することで社会にITの力を還元し、その活動をキャリアとしても認めるようなカルチャーを背景に誕生した。OSSのプロジェクトをいかに収益化したりスケールするかというところで生まれた資金調達方法である。
OSS発なので、研究者も企業もあまり関係なく、プロジェクトに手を挙げて承認された人が資金を調達できるのだ。調達可能金額は日本円で100万円超~1億円超とプロジェクトごとにかなり幅がある。
グラントの特徴は、株式による調達と違って議決権に影響を与えない点だ。会社法の枠組みによる「資金調達」からは外れ、法律の影響を受けることもないため、資金を調達する際にスムーズな意思決定が可能になる。しかしながら、日本企業の多くは国内を主戦場としておりOSSの文化もあまり根付いておらず知名度が低いため、海外からのグラントによる資金調達事例はほとんど生まれていない。
グラントの進め方
グラントは、基本的には公募制である。フォームに申し込み後、書類審査が行われ、通過したら資金提供元とWeb面談が実施されるというのが通常のスキームだ。
そして、グラントを使って資金調達する場合、基本的に資金を提供する側と受け取る側とでマイルストーンを設定するのが普通だ。このマイルストーンに従って一定の資金が支払われる仕組みである。資金の提供側は、「自社のサービスを使って何かプロダクトを開発すること」といった内容をマイルストーンに設定する。
このようにして、提供側の事業を拡大させることにつなげる算段だ。OSSの文脈から誕生したのもうなずけるだろう。
なお、先述の通り議決権に影響を与えないため、グラントの提供側は基本的に企業やプロジェクトに限られる。金銭リターンを求める独立系ファンドは、IPOやM&Aといった出口戦略を必要とするためグラントの手法は使えないと言える。
グラントが流行る背景、資金調達の現状と課題
大企業の新規事業でもない限り、何か新しい事業を立ち上げ拡大させていくには外部からの資金が必要だ。これはどんな事業にも共通のことで、最近は資金調達に関する報道も多い。
株式会社の場合、株式や融資による調達が一般的であり、非営利団体の場合は寄付による調達も考えられる。以下ではまず昨今の資金調達における課題について触れていく。なお、ここでは立場を株式会社に限定し、海外からの資金調達手法「グラント」との比較観点で言及していく。
着金まで時間がかかる
外部から資金を調達する場合、金額が大きくなるほど着金までの時間も長くなる。これは、どの手法を使っても同じといえるだろう。 特に、「ディープテック」と呼ばれる最先端テクノロジーを扱う専門性の高い領域の場合、前提となる投資家への説明コストが高く、本質的な話に入るまでに更に時間がかかってしまう。
おおよその目安として、シード期の調達で着金までに数カ月~半年、シリーズA以降で半年~1年以上といった期間が必要になってくる。そのため、経営陣は常に資金調達の必要性に迫られる状態にあるのだ。
これは、創業期のベンチャー企業において非常に大きな問題だと言える。数人しかメンバーがいない状態で経営陣が常に資金調達に追われていては、プロダクト開発に注力できないからだ。
グラントの場合、この「説明コスト」をかける必要がない点で時間短縮が可能である。
当局への届け出など膨大な事務作業が発生する
資金調達に時間がかかる原因の1つは、「膨大な事務作業が発生する」ことだ。資金調達に際しては、投資契約書や登記申請書、定款の変更、割当通知書といった膨大な量の書類を作成しなければならない。
そしてそのほとんどに印鑑が必要であり、ステークホルダーが増えるほどに時間も費用も多分にかかってしまう。実際に経験した身としては、「無駄」と感じてしまう類の作業だ。なお、昨今の行政改革の流れの中で印鑑の廃止が進んでいるが、これは資金調達プロセスにおいても非常に前向きな効果を発揮することが期待できるだろう。
グラントの場合、この事務作業と提出書類の数が相対的に少ない。ただし、英語での書類提出が必要だ。
グラントのメリット
以下では、グラントのメリットについて考察していく。
各国規制の影響を受けない
株式で海外から資金調達を行う場合、資金の提供側と受け取る側とでお互いの国の法規制を意識しなければならない。たとえば、適格機関投資家の定義1つをとっても、米国と日本とでは大きな違いが存在するのだ。
グラントを使えば、海外からの資金調達であってもこれらの問題を気にすることなくスムーズに調達を実施することができる。グラントで調達した資金はほとんどの場合で売り上げや雑収入として計上されるため、通常の決算と合わせて処理することができるのだ。なお、先述のマイルストーンに従った返済条項が契約に組み込まれる場合もある。その場合は負債として計上されるだろう。
これは国内に閉じた場合でも同じことが言える。たとえば、いわゆるVCと言われる独立系ファンドとCVCと言われる企業内ファンドとでは、そもそも法人格が異なるため組成時にも異なる法規制の枠組みが適用される。
グラントであれば、法人格を意識することなく資金提供できるため、独立系ファンドを組成できない小規模な投資家にも機会が与えられる。
前提となる説明コストが低い
ディープテック領域における資金調達の問題は、グラントで解消できる。先述の通り、この領域では前提となる投資家への説明コストが高く、本質的な話に入るまでに多くの時間を費やしてしまうことが少なくない。
グラントはOSSを背景に持つため、テクノロジー系の研究開発の文脈で利用されることが多い。これはまさにディープテック領域のことであるため、資金の提供側もある程の知識・インサイトを有している場合が多いのだ。
もちろん、まとまった資金を調達する場合には説明コストは避けられないが、シード~アーリーフェーズにおける調達の際にはグラントは大いに活躍するといえるだろう。実際、先日紹介したDeFiの案件もグラントで資金調達するケースが多い。
事務作業が発生しない
売上や雑収入、負債として計上されるグラントは、議決権に影響を与えないため当局への細かい届け出が不要となる。これは、プロダクトの開発にリソースを集中したい創業期のベンチャー企業にとっては非常に大きなメリットだ。
投資家側も、投資先ごとに作成される書類の管理業務から解放され、本質的なフィードバックに注力することができるだろう。
支払う側の事業拡大に直結する
グラントでは、資金を提供する側にも大きなメリットが存在する。先述の通り、グラントを使って調達する場合は両者でマイルストーンを設定し、このマイルストーンに従って資金が支払われる場合がほとんどだ。
マイルストーンには、自社サービスの成長に直結する内容を設定する場合が多い。内部で新たに人材を採用してから機能を拡張し新規ユーザーを獲得する、といった一連のプロセスよりは、外部のリソースを活用した方が費用対効果が高い場合もあるだろう。グラントは、自社サービスのエコシステムを拡張したい場合に最適な資金提供方法なのだ。
グラントのデメリット
グラントのデメリットについても触れておこう。これは、メリットの逆の要素である。つまり、「少額になる可能性が高い」「課税対象になる」「返済の可能性が発生する」の3点だ。
少額になる可能性が多いのは、複数の企業に資金提供し、また意思決定のプロセスを簡略化しているためだ。グラントは企業側も1社に限定せず、多くの企業に助成する。条件に合っていれば助成対象として扱うため、この点で意思決定のプロセスを簡略化しているのだ。
また、売上または雑収入として計上される場合があるため課税対象になるケースもある。
さらにマイルストーンに従って資金提供されるため、返済の可能性が発生することにも留意したい。
グラントを含めた「海外からの資金調達」の意義
最後に、グラントを含め海外から資金を調達することの意義について考察していきたい。冒頭で述べた通り、今後は誰もがより一層グローバル化を意識しなければならなくなるだろう。個人的には、海外でサービスを展開していくのであればそのための資金も海外から調達した方が資本効率が良いと感じている。
今回、グラントを使って実際に海外から資金を調達した経験を元に、主に3つのメリットを紹介したい。
海外市場へのPR効果
1つ目は、海外市場へのPR効果だ。海外のユーザーや企業にアプローチする際に、世界的に名の知れている企業・プロジェクトから資金を調達しておくことで、まず話を聞いてもらえるようになったり、安心してサービスを利用してもらうことができるようになる。
国内でどれだけ有名な企業・サービスになったとしても、海外進出がゼロの状態ではマーケティングにかかる費用が計り知れない。これまでに数々の日本企業が海外進出の際に苦戦してきたことを鑑みると、イメージしやすいことなのではないだろうか。
海外の一次情報にアクセスできる
海外に出ていくにあたり、現地の一次情報をいかに入手するかというのは非常に重要なことだ。これも、海外から資金を調達しておくことでクリアできる。
投資家には複数の投資先が存在するため、進出したい国に拠点を持っている企業を繋いでもらうことが可能だ。自らが自国の一次情報にアクセスできるのと同様、海外では現地企業のサポートが欠かせない。
国内市場でのオーソリティ獲得
あまり本質的ではないが、海外から資金を調達しておくことで国内市場におけるプレゼンスを発揮することもできる。
世界のトップティアと組むということは、そのネットワークに参画できるということであり、これほど貴重な武器はないと感じている。
本稿を執筆している最中にも、2020年の国内出生数が85万人を割り込み過去最小を更新したことが発表された。既知の通り、GDPに対する労働力人口の減少影響は甚大で、もはや日本の経済成長を回復させるのは至難の技となってしまった。
だからといって、日本を捨てて海外に移ろうと言いたいわけではない。未熟ながらも1人の経営者としてどうにか日本経済に貢献したいと考えている。そのための手段の1つが、海外の資金を日本に持ってくるということだ。株式や借入による資金調達は、これまで長く利用されてきたため当然メリットも多いが、別の選択肢を持っておくことも必要だと考えている。